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保育室「村上緑地公園 彼岸花(前編)」

■ 村上緑地公園 彼岸花(前編)

 

村上緑地公園で開催された彼岸花祭りにいってきました。
期間終了二日後に行ったので、まだきれいに花が咲いていました。
駐車場に入るのに、車が連なっている時間帯もありました。


 

ここ数年八千代市で盛んになった彼岸花の栽培。
別名曼殊沙華ともいわれています。


 

昭和の歌にもありましたね。(マンジュシャカと発音しますが)
英語ではハリケンリリー・レッドスパイダーリリー
学名はリコリスラジアータというそうです。
残念ですが、日本名ではあまり良い意味の花の名前がありません。
天界に咲く花、紅色の花と言ったところが無難そうです。


 

球根から芽を出し、花が枯れると葉が出てくる彼岸花。
そんな生態からも少しネガティブな名前がついてしまったようです。
また花・茎・球根すべてに毒性があるのも不吉な和名の理由かもしれません。
モグラやネズミ除けのために植えられたともいわれています。

 

(次回「後編」に続きます)

看護部「病棟ボランティアより」

ボランティアの榎本です。

 

面会制限がなくなり、9/3より再開いたしました。
約1カ月ぶりにお会いする皆さまはどんなリアクションを
されるか・・・期待と少しの不安をもって訪ねました。

 

「榎本さん!!」
姿を見るなり名前を呼んでくださる患者さま。
私の心は一気に和みます。

 

「引っ越しちゃったのかと」
「どうしちゃったのかと思ったわよ」
「しばらくぶりだね、生きてるよ」
変わらぬ笑顔に迎えられ、安堵しました。

 

 

月に数回、たった数十分お話しするだけの関係ですが、
やはり絆は生まれるのだと実感します。
考えてみると不思議な出会いです。
小さな日本でさえこんなに広く、お互いが生きてきた時代や
場所を考えれば考えるほど、他愛のない会話や何気なく
笑い合うことでさえ意義深く、大切に感じます。

 

 

あなたはどんな景色を見、ここまで駆け抜け、今、
私の名前を呼んでくださるのでしょうか。
これからも聞かせてください、
奇跡的な確率の中で出会えた、あなたの一言一言を。

 

 

人は愛するということ
あなたの手のぬくみ
いのちということ

 

【生きる 谷川俊太郎】

保育室「保育室で」

■ 保育室で

 

暑い!あつい!の毎日だった夏休み







子どもたちは外に行くこともままならなかったので、積み木やパズルをして遊びました。
じっくりと取り組む姿に、成長を感じました。大作も出来上がりみんなで大喜びでした。

 

■ 夕方の保育室で

 

3歳・4歳・5歳の仲良しトリオでハイポーズ!かっこいいでしょう。





西日の中でぬいぐるみともポーズを決めました。二人の笑顔に癒されます。

保育室「クッキング」

■ クッキング

 

ところてんを突いたことはありますか?
みんなで寒天を溶かして冷蔵庫に入れた後、かたまった寒天を
ところてんつきの道具に入れて突き出します。


 

最初は恐る恐るで・・
にゅるにゅる~とところてんが出てきていましたが
数回つくと慣れてきて、スーとところてんが出てきていました。



 

酢醤油味は子供にはあまり好まれないので、
黒蜜とアイスクリームをのせました。



 

暑い夏のよく冷えたところてんと甘いアイスクリームは
大人気のおやつとなりました。

保育室「ナスの収穫」

■ ナスの収穫

 

夏休みになって小学生がナスの収穫をしました。



今年は苗の購入が遅くなってしまい、
成長を心配していましたが
大きく美味しい野菜が収穫できます。



まだまだ夏は続きそうです。
どのくらい収穫できるか楽しみです。

保育室「外遊び」

■ 外遊び

 

保育室のガーデンでは一角に草むらが存在します。
夏の雑草をあえて刈らずに、自然のまま残しています。



そこで見つけた虫や名もない花は、子供たちの大好きな友達です。



友達を見つけた子は誇らしげに、隣の子供はうらやましそうにしています。



虫が怖くて触れない子供もいますが、傍で見守っている姿も印象的です。

看護部「病棟ボランティアより」

ボランティアの榎本です。

 

8月は面会制限の兼合いでボランティアに伺えませんでしたが、
日々の生活のふとした瞬間に、患者さんのお顔や何気ない会話が
思い出されます。

 

ご自分の生い立ちを沢山話してくださる患者さんのことです。
ある時を境に、私のことを若い頃のお友達と重ねて会話される
ようになりました。

 

その日もゆかりのある下町のことを話され、「また一緒に浅草に
行きたいね」とおっしゃりました。「お祭りの季節ですものね!!」
とお答えすると、「でも今、よそ行きの服がないのよ」と
少し寂しそうな表情をされます。

 

「大丈夫です、◯◯さんのその素敵な笑顔があればそれだけで
充分ですよ!!」そうお伝えすると、両手の平を頬に当てて、
「そうかしら〜!!」と、弾けるような笑顔を見せてくださいました。

 

お会い出来ない期間が伸びるほど、私にとって皆さまと過ごす時間が
どれほど大切なものなのかを思い知らされ、胸がキュッとします。

 

「皆さん、どうしているだろう・・・」
今日もまた、願っています。
皆さんにお会い出来る日が、早く来ますように、と。

 

保育室「水遊び」

例年6月にプール開きをしています。
今年は雨と猛暑の繰り返しとなり、なかなか水遊びができませんでした。

 

暑い日は朝から30度を超える暑さとなって外遊びもままならない日が多いです。
朝、8時過ぎから外に出て登室した順に外遊びをするなど工夫しながら、
遊んでいる状況です。



プール遊びは安全面から、登室順にはできないのでやっと水遊びができた、
初めての日の写真です。



うれしそうな表情、ちょっと戸惑う表情、少し怖がる表情、などなど様々でしたが、
終わるころになるとみんなの表情が生き生きとしていました。
子どもはみんな水と友達ですね。

保育室「マリーゴールド」

今年もマリーゴールドを植えました。植えた後には水まきをして
「きれいに咲いてね」「大きくなってね」と声をかける子供達でした。



過去には花と緑の写真コンクールでグランプリや入賞をしている
保育室の子供達。毎年花や植物を大切にする心が育っています。



「八千代市のホームページ」から
「八千代市地域振興財団」→「花と緑のまちづくり」を開くと
過去の入賞した写真を見ることができます。

看護部「中国へのホームステイについて」

私は、5階病棟で勤務する看護師です。
中国へのホームステイについてご紹介させていただきます。

 

5階病棟には、数名の中国人スタッフがいます。そのスタッフが帰国する
タイミングに合わせて私も一緒に中国へ行き、約1週間ほど
現地のご家族のもとでホームステイをさせていただきました。

 

中国の田舎の地域に行ったので、日本人が想像する中国らしい写真は
ありませんが、現地ならではの景色や食べ物、人々との交流を写真で
少しご紹介します。









タピオカミルクティーが120円位で買える物価だったので、太ることが
想像できてもついつい見かけると買ってしまいました。(笑)
日本もこれくらい安ければいいんですけどね。(笑)



 

私は自然が大好きなので、山に行ってきました。本格的な登山ではなく、
トレッキングなのですが外国人観光客はほとんど見ませんでした。
結構ニッチな場所だと思います。

 

中国に行く前は、「日本人とわかったら何か嫌なことを言われるのでは……」
という不安も正直ありました。ですが、実際に行ってみると、
そんなことは一度もなく、「こんな田舎まで来てくれてありがとう」と
喜んでくださる方ばかりで、皆さん優しかったです。(涙)

 

空港では搭乗に遅れそうなことをわかっていなかった私を、長い列の1番前に
割り込ませてくれたり、搭乗口まで300m位を走って案内してくれたりと
実際行ってみないと現地の人の雰囲気っていうのはわからないなと学びました。

 

語学面では、中国語がHSK4級、英語はTOEIC700点程度の状態で行きましたが、
「伝えたい!」という気持ちがあれば、意外となんとかなるものだなと感じました。
結局、パッションって感じです。(笑)



 

そして私は今年の5月にHSK5級を受験して、合格点と言われている180点以上
取ることができました。HSKは1級が初級、6級が最上級なので、語学を始めた
3年半前と比べると、少しずつですが前進できている実感があります。



 

中国語の勉強を始めたきっかけは、コロナ禍で働いていた技能実習生の方たちに、
少しでも安心してもらえるように、母国語で話しかけられたらいいなと思った
ことでした。コロナ流行時期かつ慣れない土地で働くのは計り知れない不安が
あるだろうと思い、もし私が彼らの母国語を話せたら少しは安心につながるのかなと。
「お節介かもしれないな」と思いながらも、地道に勉強を続けてきました(笑)。

 

働きながら勉強するのは結構大変で、特に4級から5級に上げるためにはかなりの
対策が必要でした。8ヶ月間テスト対策を続け、試験直前の1ヶ月は仕事がある日も
毎日1時間以上の勉強を続けていました。「なぜこんなに頑張れたんだろう」と
不思議にも思いますが、合格できたときは本当に嬉しかったです!

 

コロナ流行時に、言葉や文化の違う中で働いていた技能実習生の方々は、本当に
大変だったと思います。それでも働き、さまざまな壁を乗り越えてきた彼らを、
私は心から尊敬しています。

 

今後も私は私のできる範囲で、彼らのサポートをできたらいいなと思っています。
現在、5階病棟では、中国・インドネシア・フィリピンのスタッフがいますが、
他の病棟ではタイ・ミャンマーのスタッフもいます。この先もきっと様々な国の方と
働くことになると思うので、毎回大変なことがあると思いますが、その大変さも
楽しんでいけたらなと思っています!